和や仲間に何か特別な想いでも

ひとことでは言えないのですが、これまで私が歩いてきた結果が「仲間」に支えられてきたからだと思っています。そして「仲間」が「和」という同じベクトルでまとまることが出来れば、それが私の理想とする強い組織につながっていくという想いをこれまでの経験から強く感じています。

震災後、避難先の仙台から帰ってきた後に、元スタッフに声を掛けたら、皆、大変な最中でも遠くに避難しているスタッフ以外は駆け付けてくれました。その時は本当に「和」を感じました。

会社をたたむか続けるかを判断しなければならなかった訳ですが、津波による被災車輌の引き上げや、同業仲間から届けられたガソリンや飲料水などを役所に運んだり、被災した自分たちの地域の復旧活動、さらに浜通りの工場から工作機械を運び出したり、遠くに避難したスタッフに救援物資を送ったりなど、やらなければならないことが山ほどあり、自分たちや会社のことは後回しにせざるを得なかったのですが、同業他社が業務を再開した知らせを聞いて、このまま何もせず立ち止まっていてはいけないと感じて再スタートを決意しました。でも、給料もまともに払えない、さまざまな不安で押しつぶされそうになる中で、怒濤のように押し寄せる大きな力に押されて再開を決断させられたような状況でした。地震と原発事故が引き起こした非常事態という困難にもかかわらず集まってくれたメンバーが今一緒にいる仲間なわけです。これ以上の仲間はいませんね。

「和」にこだわる理由の参考になるかどうかわかりませんが、少し長くなるけど、当社の歴史を振り返ってみます。

創業は1996(平成8)年なので、15年が過ぎました。この間さまざまなことがありました。変な話になりますが、スタッフを怒らなくなったのは最近のことなんです。それまではつい怒鳴ったりして私に泣かされた人がたくさんいました。私のシゴキに耐えきれず、辞めていったスタッフもお恥ずかしい話ですが、実際には何人もいます。今思うと、私自身に力がなかったから従業員のケツを叩くしかなかったんですね。

でも、当時はそんなことには思いも及びません。退職者が出るたびに「ウチの方針に合わないで辞めていくヤツは仕方ねえ」みたいにカッコつけていました。私も若かったですからね。でも、本当は寂しかった。どうして辞めてしまうのかと思って悩みました。

売上の数字は一応上がっていても、人が辞めていく会社がいい状態のはずがありません。会社は楽しくない雰囲気になっていく。楽しくなるにはどうすればいいかを模索した時期がありました。勉強会に出席したりして自分なりに考えてみるんですが、なかなか答えは見つからなかった。

その時に気づいたことがあります。原因はもしかすると俺自身じゃないのか、と。

草創期、とてもキツくてストレスから血尿を流す経験もしました。親類の借金の保証人になったことが裏目に出て、死を意識したこともあった。でも、周りの人から奇跡のような助けられ方をして苦しかった時期を何とか乗り越えることができた。

助けてくれた人はスタッフだったり、スナックのおばさんママだったりしたのですが、そういう人たちがすべて私にとっては「仲間」です。

最悪の時期を脱して、少し余裕がもてる時になってくると、私自身が燃え尽きてしまって仕事を楽しめなくなっていました。知らず知らずのうちにつまらない雰囲気をまき散らしてしまったことが問題なんじゃないかとあるとき気づいた。ちょっとバブリーなことも経験したことで現状に満足してしまいチャレンジを怠るようになってしまったんです。

チャレンジとか改革とかカッコよく聞こえるけど、それまで積み上げてきたものを否定することにもなるので実際には面倒くさい面も多いのです。だから、少し楽になりたかったという意識もあったのかもしれません。

そこからは新事業に挑戦したり、新しいショップを開業したりして、意識的に改革に挑みました。そうすることで社内に活気が戻りスタッフの定着率も回復し、何とか安定するようになったのです。

それ以降、私の中で従業員の満足度を重視する考え方に変わりましたね。私が「和」や「仲間」を重視するのはその頃の体験が大きいのです。

こういう「和」や「仲間」を力説すればするほど、若い人は「意味わかんねえ」とか「ウザイ」と感じるかもしれません。私自身も若い頃は、説教じみた話は大嫌いだったのでよく分かるんです。若い人なら、そういう感じ方が普通なぐらいでしょう。

しかし、実社会ではドロ臭いことでもあえてやらなければならない時がある。多くの人が反対しても、正しいと思うことを勇気を持って主張しなければならない時もある。それは、その場ではカッコ悪いことがほとんどです。しかし、長い目で見れば、カッコワルイ行いが、いい結果をもたらすことが多いのも事実なのです。カッコワルイが実はカッコイイにつながっている訳ですね。

「和」や「仲間」の意味をすぐに理解しろとは言いません。理解するには多くの時間が必要です。今は「ウザイ」とか「意味わかんねえ」と感じることの中に、先輩たちの知恵がギュッと詰まっているということを感じ取っておいて欲しいと思います。いつかきっと理解できる時が来ます。実は私も長い時間がかかったんですよ。ようやく、といったところなんです。

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